宗教法人根本山宝満堂

昭光
世の中を照らす
光は我が心にあり

宝満堂とは

宝満堂がどういう経緯で誕生したのか、ということを概略でお伝えしましょう。
昭和の終わり頃、山下陽美子という一人の若い主婦がいました。彼女は平凡で幸せな結婚生活を送っていました。ところが、子どもが成長するにつれて次々と身辺に困った問題が起き、また自分も治りにくい病気にかかったため、人に勧められるままにある宗教家を訪ねました。するとその人が言うには「あなたは並みの人間ではない。神仏とつながる資質がある」と・・。思ってもいなかったことを言われて彼女は驚きます。
そして、平成元年、山下陽美子は本当に神の御言葉を聴くようになりました。やがて、神さまが命じるままに、世のため人のために働こうと彼女は決意します。
自分がどんなに辛いときでも、病気の人があれば治す、困っている人があれば解決法を教える・・この゛不思議な能力を持つ山下さん゛の評判はしだいに広まり、平成2年の初め、福岡県粕屋郡篠栗町に4畳半一間の御導き所を開くに至りました。
翌年には一軒家を借りて須恵町佐谷に移転。しかし、そこも多いときは一日二百人という人であふれ返り、平成6年には須恵町須惠に御堂が建てられました。そしてさらに発展して平成12年には須恵町上須惠、若杉山の南麓に『根本山 宝満堂』という大きな御堂が完成したのです。
いま宝満堂は午前5時から夕方まで毎日何百人もの人たちが出入りしお参りし、気持ちを浄化する、みんなの「こころの故郷」になっています。

活動について

教祖 山下陽美子

宝満堂の毎日は苦難や借金や病気を“きっかけ”にして自分自身の心の在りように気づき、それをあらためることによって、まったく新しい、嬉しい、輝かしい人生を手に入れようという、自己改革のご修行の場です。
毎日、午前5時半からお祈り。6時からお説法が行なわれます。
その後は“法座”の輪で個人的な悩みや質問などをみんなで語り合い、法座主の助言をもらう時間がゆっくりと流れます。
お昼には宝満堂の農園で採れたお野菜のてんぷらなど美味しい自家製弁当が待っています。
陽美子先生から『掃き行』をいただいた方は境内を掃きながら、『拭き行』をいただいた方はお堂を拭きながら、自分の心に気づかせていただくのです。

今月の行事

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年間祭事

出版物のご案内

陽はのぼる 全巻1巻〜6巻 
定価各1,000円
第1巻 人生が輝く喜びの言葉
第2巻 幸せを呼ぶ言葉
第3巻 ハイと言う宝物の言葉
第4巻 明日をひらく優しい言葉
第5巻 喜びの人生に出会う言葉
第6巻 感謝の心に包まれた言葉

毎日毎日の人間としての日々の積み重ねが花開く時期になってまいりました。
 これより先の世は理屈ではありません。自分の心を正していきさえすれば、道が開ける時代でございます。
 明るく素直に正直に、一人ひとりのお方のお心が清まっていくならば、必ずや今以上の幸せを頂かれるはずでございます

祈り 創刊号〜第6号 定価各630円

インド小学校だより

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おかげ話

お父さんも「辛かったろうね」

不安や悩みの多い現代社会をどう生きるか?

神様仏様は、それをどう教えて頂いているのか? 

 

 

 数年前より膀胱の痛みが続き、お医者様にかかっても原因がわからず、繰り返す痛みに心が晴れる時がありませんでした。陽美子先生のお蔭様で、40年前の、父に対する心が原因ということをお導き頂き、スーッと痛みが無くなりました。

(主婦54才)

「道が変わってます」

 

 私は平成27年頃から膀胱、尿道の痛みが続いていました。

陽美子先生からのお導きは「贅沢を致しましたね。ご恩返しという言葉を一回も言っておりませんね。主人に、親に心配かけたこと、迷惑をかけたことを何一つ頭を下げておりませんね。今この病を通して恩返し恩返し、いかに幸せな人生であったかをしっかりと気づいていきましょうね。そうすれば治っていきますよ」と何度もお導きを頂いていました。

 先日も、膀胱が腫れて尿道が痛く頻尿症になり、お尋ねすると「道が変わってます」と言って頂きました。亡き父のことだと思いました。

 私が中学生の頃、バセドウ病で、平戸の病院まで父に送ってもらい通院していました。ある日、私が診察している間、父はお友達と猟りに行き、お友達の猟銃が誤って暴発して父の左手を貫通し、左指3本を切断しました。

 私の家は寿し屋で、父は34才の時にこの事故で指をなくし寿司を握れなくなりました。寿司屋の大将として自分の進むはずだった道を変え、兄弟の経営するタクシー会社に事務職として入りました。それでも家族に辛い思いを一言も口にせず、明るく振る舞っていました。

 

を許せた瞬間

 

 しかし、私には父を許せない思いがありました。それは事故の時、父の病院に駆けつけると、カーテン越しに「J子のせいで…」と話している父の言葉を耳にしたのです。「どうして?私のせい?」とショックで父の言葉が胸に刺さり辛かったことを思い出します。そんな父に対する思いを、ずっと自分の胸に封印してきました。

 この度の痛みで親に心配をかけていたことを反省させて頂いていると、昔、父が指に肉をつけるため、左腹の中に手を入れていたことを思い出しました。そして、現在の私のこの左腹の痛み辛さは父がずっと耐えていた姿だったと気づかせて頂きました。

 初めて込み上げてきた「自分のせいでごめんね」という思いと、「辛かったろうね」という思いで涙が止まりませんでした。私が父の思いに気づくまでお導き頂き本当に申し訳なかったという反省とともに、なにやら温かいものが胸の中に広がりました。

 父の思いになった時、自分の胸に封印してきた心が溶け、あれほど腫れていた膀胱と左腹の痛み、尿道の痛みがスーっと無くなったのです。信じられませんでした。

 先日、昭光堂において父の供養のご縁を頂きました。これからは本当にご恩返しご恩返しの心で供養を重ねさせて頂きたいと思います。 

 陽美子先生、度々の尊いお導きを本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます。

父の命日に奇跡が・・・

不安や悩みの多い現代社会をどう生きるか?

神様仏様は、それをどう教えて頂いているのか? 

 

(主婦・44才)

 私がお堂にご縁を頂いたのは14年前、主人からの私と母に対する暴言、暴力でした。同居していた母は耐えきれず12年前に家を出て行き、その間、母は主人と会話すらなく、「自分の育て方が悪かったと」自分を責めていました。

 主人が4歳の時、父が亡くなり女手一つで2人の息子を育て親子の絆もなく主人はいつも私に「あの人は自分の事ばかり、俺は何もしてもらっていない」と、ものすごく母を嫌っていました。

 母が家を出てからは主人のはけ口は私だけになり、私までが母を責めるようになりました。私はこのことで陽美子先生より「口の辛抱、心の辛抱が何一つできていませんよ。ハイと言っていないでしょう」と教えて頂きました。

 春のお彼岸でこのときこそご恩返しと思い、先祖供養をお願いさせて頂きました。すると次の日、不思議なことに母が息子の入学祝いを持って来てくれました。いつもは玄関での私との会話だけでしたが、その日は主人が家に居て「家に入ってもらえ」と言いました。その言葉にビックリしました。そのうえ母が家を出てから初めて一緒に夕食も食べることになりました。昨日までのことが嘘のような奇跡を頂きました。

 気づけば父の月命日が15日で、13日に春の彼岸供養をお願いさせて頂き、14日に母が家に来ました。本当に奇跡を頂きました。それと共に供養の大切さを思わせて頂きました。

 御神仏様、御先祖様、陽美子先生ありがとうございます。和になるようにこれからも自分の心磨きをさせて頂きます。

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福岡県糟屋郡須恵町上須恵63-5